四季折々(日々彦・詩歌の記録)

主に俳句、付随して詩歌などの記録

◎書評:岸本尚毅『高浜虚子 俳句の力』

〇本書は、岸本氏がこれまで俳句関連の雑誌に寄稿してきた虚子に関する文章をもとに構成したもの。

 

 虚子の俳句の魅力を多角的に分析して、俳句という文学の特性を明らかにする。

 軽々と詠まれているように見える虚子の句が、いかに俳句という器を生かしたものであるか。本書ではそのことがこまやかに平明に論じられている。

 

 第一章は「虚無を飼いならした男」として、小項目(虚無を飼いならす/「虚子」とは何者か/虚子を貫く虚子らしさ)と、ある意味、本書全体に及ぶ虚子の本質が語られている。

 

 第一章のはじめに「虚無を飼いならした人というのが、私の一つの答えです。」という。

 

「私は滅びるものは滅びるに任す。そんな考えが強いです。(中略)段々人間というものは滅びてゆく、あとかたもなくなる、それでいい」(1934.10言『俳談』岩波文庫所収)

「これから自分を中心として自分の世界が徐々として亡びて行く其の有様を見て行かう。」「唯ありの儘をありの儘として考へる外は無い」(1987. 12言『落葉降る下にて』所収)

 などの発言を紹介し、その死生観が句にも現れている。と次の句をあげる。

 

★大寒の埃の如く人死ぬる(1941.1)

★大海のうしほはあれど旱かな(1904.6)

★子規逝くや十七日の月明に(1902.9)

 

 虚子はこうもいう。

「何人の前にも死は口を開あけて待っている。が、これは天地の運行と同じく自然の現象の一つである。」

「人生の偉大を説く人があるが、一草の生滅と何の変るところがあろうぞ。」

「一片の落花を描き、一本の団扇うちわを描き、一茎の芒すすきを描き、一塊の雪を描き、唯片々たる叙写のように見えていて、それは宇宙の現象を描いたことになる」(『俳句の道』所収)

 

 そして、虚子二六歳の句をあげる。

★遠山に日の当たりたる枯野かな

 

「わが人世は概ね日の当らぬ枯野の如きものであってもよい。寧ろそれを希望する。たゞ遠山の端に日の当ってをる事によって、心は平らかだ。」と八四歳の虚子は言う。(『虚子俳話』)

 

 岸本は人生の虚しさを見極めた果に、この枯野の句の風景に救いを見出したという。そして「この句に至って、虚子ははじめてその本領を発揮した」という山本健吉の枯野の句評を紹介する。

 

〈この句のよさを説き明かすことは至難である。誰しも深く首肯せしめる句でありながら、部分的な楚辞の妙所というべきところがないし、いってみれば、パラフレーズを拒むような、不思議な句なのである。言葉づかいは何の奇もない平凡な句である。だが、人はこの平凡な風景句に何か捨てがたいものを感ずる。〉(『定本現代俳句』角川選書)

 

 

 繊細な美意識や鋭い感性、綺麗な写実、洗練された機智やユーモア、濃厚な俳味等々、ある一面において虚子をしのぐ俳人は多い。

 しかし名句でなくてもよい、虚しさを虚しいままに包み込むような、本書で何度も引用される虚子の言葉「「渇望に堪えない句は、単純なる事棒の如き句、無味なる事水の如き句、ボーツとした句、ヌーツとした句、ふぬけた句、まぬけた句等」、平凡でありながら誰の心にもすっと入る、読み手の想像力を刺激するような句を虚子の作品に感じる。と岸本はいう。

 

 そして、虚子の俳句の特徴を蛇笏、秋桜子、誓子など名だたる俳人の名句と比較し虚子の俳句が如何に淡々としているか、生立ちなどと併せて紹介。

 

その大きな違いは、一句独立の呪縛にとらわれていたかどうか、という点にある。言い換えれば、一句一句が立句のようでなければならないと考えるか、それとも平句のようでよいかと考えるか、という点。

 

★冬菊のまとふはおのがひかりのみ(秋桜子)→枯菊を切らずに日毎あはれなり(虚子)

★冬滝のきけば相つぐこだまかな(蛇笏)→神にませばまこと美はし那智の滝

★木がらしや目刺にのこる海のいろ(龍之介)→蒼海の色尚存す目刺かな

★炭をひくうしろ静かな思ひかな(たかし)→炭を挽く静かな音にありにけり

★蟻地獄ヽ(チュ)とゐる蠅によろこばず(青畝)→老の眼にヽとにじみたる蠅を打つ

★白露に金銀の蠅飛びにけり(茅舎)→烈日の下に不思議の露を見し

★しんしんと寒さがたのし歩みゆく(立子)→その辺を一廻りしてただ寒し

 

 岸本は次のように述べる。

〈虚子門下の俳人の句と比べると虚子の句は平句的であり、総じて醒めた感じがする。奇をてらわず、平凡を恐れぬ風情だ。

 しかし、どれほど平凡に見える句でも、必ず虚子特有の生き生きとした「句触り」がある。平凡な事柄を生き生きと表現する手腕において、虚子は非凡でした。「発句は門人にも作者有、俳諧は老吟のほね」(三冊子)という芭蕉の言葉は、俳諧の平句にも似た虚子の句にもあてはまる。〉

 

 平句的である虚子の句は断片的であるとしていくつか取り上げる。

★桐一葉日当たりながら落ちにけり

★流れ行く大根の葉の早さかな

★口に袖あてゝゆく人冬めける

★卓上に手を置くさへも冷たくて

★映画出て火事のポスター見て立てり

★鎌倉を驚かしたる余寒あり

 

 岸本は次のように述べる。

〈虚子の句は断片でありながら、どこかで無限なるもの、永遠なるものにつながっているような感覚がある。風景の輪郭がどこか欠落しているが、その欠落が風穴となって、そこから大きな時空に通じているような感覚がある。

 永遠の中の一瞬、無限の中の一点として日常の些事を描くことによって、逆に、永遠、無限の時空を感じさせる。それが虚子の真髄だ。》

 

 そして、一見中途半端な句をいくつか挙げる。

★手が顔を撫づれば鼻の冷たさよ

★鴨の中の一つの鴨を見てゐたり

★箒あり即ちとって落葉掃く

★旗のごとなびく冬日をふと見たり

★もの置けばそこに生れぬ秋の蔭

 

 また何の変哲もない句、とぼけたような句も壁にかけてぼんやりと眺めていたいと、岸本はいう

★北風に人細り行き曲がり消え

★一枚の葉の凛として挿木かな

★さまよへる風はあれども日向ぼこ

★鼻の上に落葉をのせて緋鯉浮く

★おでんやを立ち出でしより低唱す

 

 

 虚子は昭和三十四年四月八日に八十五歳で亡くなった。その九日前の三月三〇日は最後の句を作った日といわれている。

 

 その最後の句は、四月五日の大谷句仏の十七回忌に寄せるため三〇日の句会後に作ったと言われる次の句で、虚子の辞世の句といってもよいだろう。

 

★独り句の推敲をして遅き日を

 

 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る(松尾芭蕉)/ 糸瓜咲て痰のつまりし仏かな(正岡子規)/ しら梅に明る夜ばかりとなりにけり(与謝野蕪村)など、見事な辞世句をとりあげながら岸本は次のことを語る。

 

〈この句は、虚子の日常を引きずったまま、天上で句の推敲を続けているかのような面影がある。そして、平句さながらの句形は、その後に続く連句の展開を求めているかのようだ。〉

 

 独り句の推敲をしつつ遅き日を過ごす姿は、句の世界に永遠に居続ける虚子を彷彿とさせる。

 

 第一章の「1虚無を飼いならす」の最後に岸本は述べる。

〈虚子の句は、断片は断片として、平凡は平凡として、駄句は駄句として、平句は平句として、一切はありのままにある。

 虚子の眼差しは、死という究極の虚無をさえ、「唯ありの儘」のものとして見据える。

 

「ありの儘をありの儘として」「其有様を見て行こう」という言葉は、客観写生にほかならない。客観写生は、しばしば指導のための方便あるいは単なる方法論と考えられているが、客観写生という態度は、考えようによっては、人生に立ちはだかる虚無をさえ飼いならそうとする強い意志の現れとも思える。〉

------

 

 ここでは、虚子の句の本質がよく描けていると思い、本書の第一章の「1虚無を飼いならす」を取り上げた。

 

 第二章「俳句の力」。この章では「俳句でしか描けないこと」とは何か、古今の名句と虚子の句を比較して、句の構造から緻密な解析を行っている。

「人間にとって事実より観念の方が切実だ。俳句にとって観念は事実に優先する」ということが虚子の俳句を読む「鍵」となるという。

 

 第三章「季題と想像力」。この章では「客観写生」と「花鳥諷詠」が緊張関係にあり、どちらに重きを置き過ぎても「俳句の力」を活かし切れないと岸本は述べる。

 

 第四章「孤独な選者」。「虚子の句は長いものを縮めた十七音ではありません。短いものを引き伸ばした十七音です」と言う分析から始まり、選者を持たなかった虚子は一体誰にむけて俳句を読んでいたのかと問い掛ける。

 岸本は、万物の運行に対しての挨拶だったのではという。

 

※岸本尚毅『高浜虚子 俳句の力』(三省堂 、2010)

------

 

 参照:本書「あとがき」より抜粋

▼あとがき

 本書は虚子俳句と俳人虚子を対象にしたものですが、じつは私は、虚子の人生観にも惹かれます。たとえば、虚子は次のように語っています。

 

 私は人から誤解されるのを、人にはあんなふうに見えるのか、あんなふうにもとられるのかと一種の興味をもって見ています。つまり誤解は誤解として一種の興味をもって迎えています(赤星水竹居『虚子俳話録』)

 

 文中の「私」は虚子です。「誤解は誤解として一種の興味をもって」という傲慢なまでの気持ちの余裕に惹かれます。人それぞれの物の考え方がある以上、人から誤解されることを完全に防ぐことは出来ません。やむを得ず人の誤解を招いたときも、虚子の言葉に従えば、従容と事態を見据えればよいのです。むしろ誤解を楽しめばよいのです。サラリーマンである私にとっても滋味掬すべき教訓です。 もう一つ挙げます。

 

 私は自分の事は結局自分で解決せねばならぬと、いつも考えています。病気の時なんか苦痛をこらえながら、いっそう深くそんな事を感じます(同前)。

 

 虚子病後の述懐という「自分の事は結局自分で解決」という言葉は、大人として至極当然のことです。しかし、これが虚子の言葉であると思うだけで、この言葉は私に勇気を与えてくれます。

 

 一方、こんな句もあります。

★時ものを解決するや春を待つ 

 

 逃げてはならない、さりとて焦ってもしかたがない、いつかは時間が解決する、と虚子は言うのです。

 平成二十二年九月 岸本 尚毅 

※初出2021-11-03記