日々彦・詩歌句とともに

主に俳句、付随して詩歌などの記録

◎今月の印象詩歌句 11月

○俳人協会編俳句カレンダー11月。

★落葉籠百年そこにあるごとく 大串章。古色蒼然とした「落葉籠」から享けとめたものを的確に表そうと探るうち、安易に作ることを戒められた〈「ごとし」俳句〉に行き着いたのでしょう。「百年そこにあるごとく」の大胆で説得力に富む措辞に比喩表現の醍醐味を感じます。「百年」という時間の厚みは人間の生の長さを連想させます。籠の古びる歳月と人の苦楽の歳月とが重なり、句に深い奥行きが生まれています。泉下の師は掲句をどう評するでしょうか。〔第5句集『大地』所収〕(望月周)。大野林火に師事し、俳句結社「百鳥」を主宰する大串章氏が、俳句に一生をかける決意を固めた平成10年から15年までの作品396句を収めた第五句集「大地」に収載の句。同句集収載句には

★海苔掻くや岩に夕日のにじむまで/★ワイングラス火より生まれて涼しかり/★迎火を焚けば生者の寄りきたる/★夜神楽に太古の星のひかりだす/★山の駅受験子一人見送らる/★秋の波見つめ己を見つめゐる/★鷹匠の鷹より強(こは)き面構へ/★郭公に目覚め晴天うたがはず/★受験校決めて茅の輪をくぐりけり/★亡き人の来て膨れたる踊りかな

○11/2西日本新聞「ながさき読者文芸」★老いてなほ日日の挑戦竹の春 西海 有川絹江。竹は春、筍に栄養を集中し衰えるが、秋になると勢いを取り戻し、葉も青々としてくる。この状態を「竹の春」と言い秋の季語となる。

〇新聞俳壇

11/3朝日俳檀:★帰り花今日の中なるきのふかな(取手市)うらのなつめ◎長谷川櫂選

★いわし雲家族と言ふも散りやすし(春日部市)池田桐人◎高山れおな選・小林貴子共選。

朝日歌壇:★受賞より核廃絶を待ち望む被爆者の顔深き皺よる(つくば市、山瀬佳代子)

馬場あき子・高野公彦・永田和宏共選。

今回はノーベル平和賞関連の投稿の選が多く、選者の永田氏は【評】で次のことを述べる。〈今年度のノーベル平和賞に日本被団協が選ばれたことは大きなニュース。だが、誰もが諸手を挙げて喜べないのも事実。唯一の戦争被爆国である日本政府が核兵器禁止条約を批准しないという自己撞着。これを機に改めて真剣に考えたい。〉

他に、★被爆者の証言こそが「ノーベル賞」一万二千発ひそむ地球に(安中市)鬼形輝雄。高野選。★国連でノーモア・ヒバクシャ訴えし山口仙二に届けよ受賞(東京都)漆原淳俊。★なんかちょっと違うんじゃないかと思う被団協へ「おめでとう」って(焼津市、池田謙一郎)。★核禁会議に参加できない政府から熱低き祝辞受ける平和賞(水戸市、中原千絵子)。★核禁条約批准せぬ国の被団協に平和賞このねじれ哀しも(船橋市、佐々木美彌子)永田選。

11/4読売俳壇:★ど忘れに会話弾まず秋深し 東京都 山田真理子(矢島渚男選)

★余生てふ生は無かりしいぼむしり 横浜市 菅沼葉二(高野ムツオ選)

★永遠のごとき放課後秋深し 北名古屋市 月城龍二  (正木ゆう子選)

 【評より】子供の頃の時間は、大人になってからの時間とは大いに違う。

読売俳壇:★子もわれも「知らない人」と妻のいう夫になれ ず面会終る 福島県 黒沢正行

11/24朝日新聞俳句時評「井上伝蔵の悲哀」(岸本尚毅)

★病む母と居(お)るも楽しき年忘れ 逸井(いっせい)

  家族が集う忘年の宴だろう。老母は病身だ。そんな母でも、否、だからこそ一緒に居ることが楽しい。「楽しき」の一語が何と生き生きとしていることか。

 「逸井」は秩父事件以前の井上伝蔵の俳号だ。蜂起した農民軍の幹部だった伝蔵は、欠席裁判で死刑の判決を受け、北海道に逃亡。伊藤房次郎と名を変えて家庭を持ち、現在の石狩、札幌、北見の各市に住んだ。1918年に64歳で逝去。その直前に自分の素性を妻子に明かしたという。

  秩父の旧家出身の伝蔵は俳句の嗜みがあり、北海道での俳号は柳蛙(りゅうあ)という。

★雲に鳥入るや白帆のならぶ上 柳蛙(海に面した石狩の情景か)/★名月や軒に光りし蜘の糸/★風もなき夜やしとしとと積る雪/★ーツ宛(ずつ)間のあるや雪の鐘

   感性のよさと表現の素直さを感じさせる。いっぽう、

★思ひ出すこと皆悲し秋の暮 ★俤の眼にちらつくやたま祭

   過去を秘めて生きる者の悲哀を読み取ることも出来る。

   伝蔵は秩父事件の前後で異なる土地に住み、異なる家庭、異なる生業、異なる俳号を持った。数奇な生涯を送った伝蔵だが、日々の暮らしを通じ、その心に寄り添い続けたのは俳句だった。 以上の句は十月刊の中嶋鬼谷(きこく)「井上伝蔵の俳句」(朔出版)による。

〇NHK俳句

11/3題「渡り鳥」、選者・堀田季何:(オノマトペのコリポイント)★黒猫の子のぞろぞろと月夜かな  飯田龍太★鳥わたるこきこきこきと缶切れば  秋元不死男★ひらひらと月光降りぬ貝割菜  川端茅舎★ぽちよぽちよといふ水の音あたたかし  今井杏太郎

11/2兼題「眼」:★ぬと頭ぎろと眼玉やセーターより 高野ムツオ

★秋彼岸目をぎゅっとつむって「もういいかい」 中西アルノ  中七字余りの破調の句

★眼に映る冬銀河とてひと握り 岐阜県各務原市 野田茂樹 〜冬の銀河を一人仰いでいる。ふと、見えている銀河さえ宇宙のほんの一部分であることに気づく。「ひと握り」の大胆な表現が効果を発揮した。

〇プレバト俳句

11/18:★故郷の苜蓿(もくしゅく)の香は濃かりけり 福知山市千原ジュニア氏直筆の句碑

11/28題「撮影の休憩」。★冬の暮子役がくれるガム硬し◎(残り11句)千原ジュニア

○季語刻々

11/2:★アボカドのちやうど食べ頃文化の日 石井稔句集「顔の原型」

11/3:★薪で炊く飯ふつくらと文化の日 黛執 文化解説

11/4:★この人とゐる不可思議や秋の暮 池本光子 考えも及ばない不思議、数の単位

11/5:★秋の暮山脈いづこへか帰る 山口誓子 秋の暮になり山脈が急に消えた感じ

11/7:★跳箱の突き手一瞬冬が来る 友岡子郷

11/10:★生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子

11/18:★おでん酒酌むや肝胆相照らし 山口誓子

11/22:★枯草の大孤独居士ここに居る 永田耕衣

11/30:★鰭酒のかうばしき香にむせび泣く 高浜年尾

〇折々のことば

11/5・3255:「物を破壊する事によつて、その人は物の中に籠つてゐる人の心を殺してしまつたのです。」(福田恆存)◇「使ふ」とは「附(つ)き、合ふ」こと。つまり相手を思いやり、相手に合わせて交わること。

11/15・3264:われわれに一番大事なのは感心する才能ですね。(河合隼雄)◇クライアントに自由に箱庭を作ってもらう「箱庭療法」で、「これは何ですか」などと訊くのは最悪だと、臨床心理学者は言う【『魂にメスはいらない』(河合隼雄・谷川俊太郎)より】

11/17・3266:私が一歩を踏み出すとしたら、それは失われた私の足を借りて、何者かが歩き始めるのだ。(多田富雄)◇旅先で脳梗塞の発作に襲われ、以後長く凄絶な治療とリハビリに取り組んだ免疫学者。…その日々は…「真剣に、充実して生きた」…それは生存のための能力の大半を失った自分の中で、別の鈍重な「巨人」が蠢きだす期間だったと。『寡黙なる巨人』から。『もし機能が回復するとしたら、元通りに神経が再生したからではない。それは新たに創り出されるものだ。-----もし万が一、私の右手が動いて何かを掴んだとしたら、それは私ではない何者かが掴むのだ。』(P45)回避不能な事態に陥ったのち、いかに生き、ふるまうことができるか…この点にこそ、人間の底力が見えると思う。

11/22・3271:専門家とアマチュアの区別は、作品の質の良し悪(あ)しとは別個である。(大岡信)◇専門家とは「先人たちの仕事の累積の中に自己自身を自覚的に位置づける意思と実行力をもつ者」のことだと、詩人・評論家は言う。

11/25・3274:元に戻らないものからの回復なのだから、「復興」はまずは問いという形でしか存在できない。(宮本匠)◇重なる被災で無力感に拉(ひし)がれると、人は、とても納得できないその現実を「見なかった」ことにしがちだと、社会心学者は言う。

11/29・3278:社会にもうまい忘れかた、逆にいえばいい記憶のしかたがなければ、新しい状況に対応する方法が生みだせないだろう(戸井田道三)◇人は忘れてはならないことを忘れ、忘れるべきことを忘れずにいる。だから、個人においても集団においても記憶の仕分けとでもいうべきものが必要なのだと、能楽の評論家はいう。