「チューインガム一つ」の詩を書き写しながら思い出したのは、大道寺将司氏の句集である。句集は、4年前の2012年に『棺一基』の書名で出版された。そこにこういう句が載っていた。
先行きのあてどは読めず蜷の道
2000年問題以来、自分の先行きもヤマギシの先行きも見えない状態の中で、この句には私の心を捉えるものがあった。さっそく買ってきて読み出した。
大道寺将司氏は、「東アジア反日武装戦線‟狼”」のメンバーとして、1974年、丸の内の三菱重工業爆破で8名の死者と百数十名の負傷者を出して逮捕され、死刑判決を受けた。実は、大道寺氏たちには、三菱重工爆破の直前にそれよりはるかに重大な計画があった。それは天皇のお召列車を荒川橋上で爆破する計画であった。「日本による侵略と植民地支配の加害責任を、戦後の今も天皇は果たしていない」との論理で、この〈虹作戦〉と名づけられた計画が立てられ、実施寸前までいく。1974年8月13日未明、大道寺たちは導火線方式の爆弾用電線9巻900メートルを現場に敷設し終える。そして最後の爆弾を接続する段階で、複数の「正体不明者」に見られていることがわかり作戦を中止するのだが、もしこの作戦が実行されていたならば、戦後の歴史に大きな変化をもたらしたことだろう。
逮捕・死刑判決後、その時の状況を思い浮かべながら詠んだ句が、次のものである。
大逆の鉄橋上や梅雨に入る
時として思ひの滾る寒茜
子ども時代の大道寺氏は、正義感にあふれる心優しい少年であったという。その心優しい正義感が一つのイデオロギーと結びつくとき、それはテロルへと一直線に走り出してしまい、一般庶民多数の死傷者を出す惨事を引き起こしてしまった。そして死刑判決を受け、東京拘置所に拘置されるに及んで、自分の為したことを振り返り、心の風景を見つめる果てしない苦しみの時間を持つこととなった。こうして氏は、俳句の中に自分の今の姿を映し出し、それをさらに見つめ直す作業の中に今を生きている。
還らざる人の影立つ年の夜
枯野ゆく胸にひとつの灯を点し
なほ残る未練の嵩や帰る雁
病み伏して他の痛み知る浅き春
悪行も善根もまた蜷の道
消え失せて漸う気づく花野かな
2011年の東日本大震災の報道を知ってから、次のような句も詠んだ。
加害者となる被曝地の凍て返る
原発に追はるる民や木下闇
暗闇の陰翳刻む初蛍
初蛍異界の闇を深くせり
自分の死を見つめつづけて詠んだ句が、本の題名にもなった次の句であった。
棺一基四顧茫々と霞みけり
人は生きていく過程でさまざまな過ちや失敗を侵し、幾多の悲しみも経験する。決して成功と喜びだけではない。大事なことはそれをどう受け止めるかにかかっているように思う。決して急ぐことはないのだ。じっくりゆっくりそれを受け止め、心の底まで落とし込むときに、そこから自分の本来の姿が浮かび上がってくるのではないだろうか。その本来の姿こそ、幸福と言えるのではないかと思われる。今の私にはまだその姿が垣間見えるにすぎないが、そこを目指して残りの人生を過ごしたいと思っている。
大道寺氏は、今(多分今も)多発性骨髄腫というがんに侵され、苦しみながら東京拘置所に生きている。外界との接触は許されていない。句にうたわれた蛍も風景も、実際に目にしたものではない。にもかかわらず、そこに浮かび上がる景色は現実以上に生き生きとしている。私の目にするものと彼の心象に去来するものとの違いに圧倒される。
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〇「ことの是非を超えているとだけは言い得るかもしれない」
死者たちに 如何にして詫ぶ 赤とんぼ
国ありて生くるにあらず散紅葉(ちりもみじ)
彼岸花 別して黙す ことひとつ
ゲバラ忌や小声で歌ふ革命歌
鬼ならぬ 身の鬼として 逝く秋か
死ぬるため 夜の独居に 羽蟻来む
方寸に 悔数多くあり 麦の秋
〇胸底は海のとどろやあらえみし
蛇として生まれし生を存ふる
縄跳びに入れ損ねたる冬日かな
露草の瑠璃のかなたのいのちかな
げぢげぢと間違へられし百足虫かな
すめらぎを言寿ぐぼうふらばかりなり
すめらぎの盛りて氷河細りけり
この花を見られぬ人のありにけり
梟の声をゲバラと思ひけり
寒の朝まず確かむる生死かな
狼の思ふは月の荒野かな
三十三才命惜しまず鳴きにけり
欠けたるは佐倉宗吾か羽蟻群る
無信論者にも給はる聖菓かな
厭はれしままにて消ゆる秋の蠅
桑茂りものみな命わたくしす
捨てし世を未練と思ふ遠花火
蹶起せし死者のそびくや濃竜胆
棺一基四顧茫々と霞みけり
異なものを除く世間ぞすさまじき
夕焼けてイカロスの翅炎上す
あやまたず柿熟るる日の来たりけり
国ありて生くるにあらず散紅葉
人を殺めし人の真心草茂る
さりながら空の耀く母の日よ
夏服の母は十貫足らずかな
夢でまた人危めけり霹靂神
差し入れのりんごに残る若緑
黙契のいつしか消えて雲の峰
秋近し旗持つ友の莞爾たり
怨讐を晴らさむものと蝉時雨
たたなはる緑野に叛旗蝟集せむ
向日葵の裁ち切られても俯かず
心中に根拠地を達つ不如帰
しがらみを捨つれば開く蓮の花
誰がための弔鐘響く夏夕
花影や死は工まれて訪るる
日脚伸ぶまた生き延びし一日かな
革命をなほ夢想する水の秋
本懐を未遂のままに冬の蜂
革命歌小声で歌ふ梅雨晴間
生際の美しき女人風信子
凍蝶や監獄の壁越えられず
狼は檻の中にて飼はれけり
過激派のままにてよろしちちろ虫
水底の屍照らすや夏の月
百合の香や暗闇の世を肯ずる
三菱重工などの連続企業爆破事件、お召列車爆破未遂事件などで知られる新左翼テロリストが獄中で詠んだ句集です。死刑判決を受けていた作者でしたが、昨年のちょうど今頃、多発性骨髄腫のために東京拘置所で死去しました。
私は作者の罪を憎みますが、国家による殺人行為である死刑制度には反対なので、彼が絞首刑にならずに死んだのは、死刑になるよりは良かったと思います。
これらの句を読んでその出来栄えを云々するつもりはありませんが、句を詠むという行為が、過酷な獄中生活を支える慰藉ともなり生甲斐ともなったことがうかがえ、彼の人世に俳句があって良かったな、とも思うのです。
天日を隠してゆける黒揚羽
韃靼の風をゆんでに揚羽蝶
時として思ひの滾る寒茜
雲の峰絶顛にして崩れけり
星揺れて銀杏落葉ぞ急ぎける
月光のきはまりて影紛れなし
再会の笑み零るるやいぬふぐり
まなかいの憂きこと消ゆる四十雀
採血の細き指先冷たかり
露草の瑠璃のかなたのいのちかな
枯れ木立抜き身のままでたじろがず
ふと洩らす吐息のはての銀河かな
「棺一基」大道寺将司全句集を読む
ネットで、購入を申し込んでから、何と、珍しく、10日以上も、入手に時間を要した。約1200句程度に、選ばれた句集の出版である。作者の存在自体が、既に、一部の団塊の世代か、全共闘世代の記憶の片隅にしか、遺されていないようであろうし、又、1974年丸の内三菱重工本社ビルの爆弾テロ自体を、今や、覚えている人も、少ないであろう。そして、作者は、その為に、死者8名、負傷者376名を出した一連の爆弾テロの実行犯で、1987年死刑が確定したものである。5・7・5の17文字に、想いを託した俳句は、その情景美を、或いは、その時の心情を、凝縮させて、表現するものであり、それは、実際に、眼の前で、観られたり感じられたものをベースにするものの、作者は、既に、29歳の時には、獄舎に繋がれ、今日まで、日々、処刑の執行を迫られながら、作句したものである。出版に尽力した辺見庸が、跋文や、序文で、言っているように、忘却する者が、記憶する者を裁くことが出来るであろうか?忘却が記憶を食い破っている。私達は、辺見の言うように、確かに、単に記憶をごっそり抜かれた人の群れ(モッブ)ではないかと、、、、、、。この句集を詠みながら、考えさせられる。言葉の裏の裏を、作者との戦いの中で、一言一句を慮らないと、心情の底の底が、なかなか、読み取れない。確かに、作者は、花や動物や昆虫や景色になぞらえて、その獄舎の中にある心情や懺悔を、その記憶と想像力の中で、言葉を、推敲し、紡ぎながら、作句してゆく。桜、紅葉、梅、柿、紫陽花、木の芽、麦、蓮、向日葵、萩、百合、椿、木犀の香、木の実、各種の草、彼岸花、竜胆、銀杏、矢車草、コスモス、菜の花、百日草、実南天、こぶし、すすき、等、夜の星、雲、春夏秋冬の太陽、夕焼け、茜空、色々な雨、風、雪、満月、三日月、明かり、霧、霞、朧、つらら、氷、露、闇、暁、象徴的な「虹」(ヒロヒト暗殺未遂作戦)、枯野、十字路、空の色、そして、数多くの動物、昆虫、ヒキガエル、みみず、蝉、蛍、なめくじ、かたつむり、毛虫、蜘蛛、かまどうま、赤とんぼ、てんとう虫、蟻、蝿、ひぐらし、つくつくほうし、もず、つばめ、野ウサギ、ふくろう、雁、鷹、カラス、海鳥、なまこ、蛇、猫、象徴的な「狼」、そして、それらは、やがて、東日本大震災と原発事故へと、拡がりをみせる。置き去りにされた牛、犬、錆に、放射能に、海の底へ、どれ一つをとっても、油断がならない。そこに、香りを、匂いを、色を、光と陰を、そして、その「記憶の底に宿る心情」を、17文字に凝縮して、極限の自由を塗り込めているようである。自分勝手に、選んだ句を整理、抜粋してみたが、多すぎて、ここでは、敢えて、是非、皆さんに、自由に、読んで選んでもらいたいものである。それでも、やはり、敢えて、数句選べば、本書の題名になったこの句他、下記のものであろうか、
「棺一基四顧茫々と霞みけり」
「実存を賭して手を擦る冬の蝿」
「暗闇の陰翳刻む初蛍」
「時として思ひの滾(たぎ)る寒茜」
結局、だんだん、多くなってきてしまったので、止めることにしよう。
「しがらみを捨つれば開く蓮の花」
「うつそみの置きどころなき花吹雪」
「再びは還り来ぬ日の木の実かな」
「海鳥の一声高く海氷る」
「鈍(にび)色(いろ)の空置き去りに帰る雁」
「紫陽花の哀しみ色の尽くしけり」
「彼岸花別して黙すことひとつ」
多発性骨髄腫を患う作者は、自らを、敢えて、子規に、なぞらえてもよいのではないだろうか
「よるべなきことのは紡ぐほととぎす」
昔のことになるが、投獄された詩人の金芝河や、収容所列島のソルジェニーツェンや永山則夫を、想わざるを得ない。是非、事件に記憶のない若い人にこそ、読んでもらいたい句集である。事件の被害者との関係性に於いてしか存在し得ない作者の立ち位置を、改めて考えながら、読む必要があろうが、、、、、。世に送り出した辺見庸氏と発行元の太田出版に、改めて、
・確定死刑囚として37年に及ぶ獄中生活を送る大道寺将司の全句集
棺一基(かんいっき)四顧(しこ)茫々と霞みけり
十七字において、かれは塗炭の苦しみをなめつづけ、十七字においてのみかれは、極限の個として、ひと知れずやっと自由なのだ。供述調書より起訴状より判決文より、較べるもおろか、句群にこそかれの真情は巧まず塗りこまれている。俳句にいまや全実存を託したのだ。
――辺見庸「〈奇しき生〉について 序のかわりに」より
大道寺将司は、東アジア反日武装戦線の"狼"部隊のリーダーであり、お召し列車爆破未遂事件(虹作戦)及び三菱重工爆破を含む3件の「連続企業爆破事件」を起こし、1975年逮捕、1979年東京地裁で死刑判決、1987年最高裁で死刑確定した。本書は、30年以上も死刑囚として、また血液癌と闘いながら獄中生活を送る大道寺将司が詠んだ1200句を収録した全句集。
本書出版にあたっては、作家であり(芥川賞受賞)詩人でもある(中原中也賞、高見順賞受賞)辺見庸が全面的に動き、実現させた。また辺見庸自身も脳溢血で倒れた後遺症と大腸癌と闘っている。
辺見庸による跋文では、二人が句を介して知り合い、面会を実現させ、血液癌から来る痛みに句を詠むことを諦めかけた大道寺を「とにかく書け」と励まし、全句集を実現させるまでの経緯が感動的に描かれている。
著者について
1948年生まれ。東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバーであり、お召列車爆破未遂事件(虹作戦)及び三菱重工爆破を含む3件の「連続企業爆破事件」を起こし、1975年逮捕、1979年東京地裁で死刑判決、1987年最高裁で死刑が確定した。2010年に癌(多発性骨髄腫)と判明、獄中で闘病生活を送っている。著作に『明けの星を見上げて』『死刑確定中』『友へ』『鴉の目』がある。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
大道寺将司
1948年生まれ。東アジア反日武装戦線“狼”部隊のメンバーであり、お召し列車爆破未遂事件(虹作戦)及び三菱重工爆破を含む三件の「連続企業爆破事件」を起こし、1975年逮捕、1979年東京地裁で死刑判決、1987年最高裁で死刑が確定した。2010年に癌(多発性骨髄腫)と判明、獄中で闘病生活を送っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)